book アーカイブ

March 02, 2008

【感想】小野主上新作 「丕緒の鳥」

yom yom (ヨムヨム) 2008年 03月号 [雑誌]yom yom (ヨムヨム) 2008年 03月号 [雑誌]

新潮社 2008-02-27
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

しゅ、主上……

これを待っていたんですよ!

長らく王不在で妖魔がバッコバッコ(跋扈跋扈)だった我が国ですが、白雉一声でございます。

予青~赤楽にかけての慶を舞台に丕緒という職人の視点から語られる慶の暗黒時代のお話。
丕緒は射儀という儀式で用いる陶鵲を作る職人だが、数々の傑作をともに作りだした射鳥氏(射儀のディレクターみたいな官吏)祖賢を大逆の疑いで殺され、冬匠の蕭蘭も予王の女官追放令の際に連行されてしまってからは陶鵲を作る意欲を完全に失っていた。そんな折、新たな王が登極し、郊祀で催される大射を企画せよとの命が丕緒に下された……。


うわー、慶国の話とは聞いていたけど、こうきたか。
予青時代とは、主上も憎いところを突きよる。どっちかつーと同人誌ぽい舞台セレクションだが、まあ、久しぶりだしそのくらいヲタサービスがあってもよろしかろう。
話のトーンは「華胥の幽夢」に似てますかねぇ。
荒廃した国土や辛い現実を直視せよ、射儀は吉兆を知らせる鵲を射落す儀式で、目出度いものではない、権の使い方を誤るとこうなるということを王に気づいてもらわなければならないと鬱々としている丕緒の語りだけだと地味過ぎるんですが、陶鵲の美しさの描写が華やかで全体として暗すぎず、明るすぎずバランスのとれた文章になっています。
最後にはファンサービスとしか思えない男前陽子(+多分景麒)もちょっぴり登場し、ファン的には大満足ではないでしょうか。

個人的には蕭蘭が好きです。
この人のおかげでこの話が説教臭くなるのを軽やかに回避している。すばらすぃ。
凡百の理屈の通じないフィーリング女とは違って俺の価値観をちゃんと理解してくれるぜ、と思ってバリキャリの女と結婚したのに、どうも最近なにかが違う、と思い始めている殿方にお読みいただきたい感じがします。

でもね。驍宗様はいずこに?とか柳がどうなってるのか?とか忘れたわけじゃないんですよ。つーかむしろ超絶気になってんですよ。そこんとこどうなの、主上?

投稿者 psi : 07:05 PM | コメント (0) | トラックバック

January 03, 2008

2007年まとめ 【小説編】

1. 氷と炎の歌/ジョージ・R・R・マーティン

七王国の玉座〈1〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)七王国の玉座〈1〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)
ジョージ・R.R. マーティン George R.R. Martin 岡部 宏之

早川書房 2006-05
売り上げランキング : 54430
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 SFの巨匠による正統派ハイ・ファンタジー、不幸のスターク家一代記。副題:おかあちゃん、がんばる!

 …というのは置いておいて。

 ブランたん可愛いよブランたん!

 最初「最近のpsiのショタ趣味を突こうとしても無駄だ愚か者マーちん!」と思っていたのですが、一巻からいきなり不幸に見舞われ、「ぐおー、ブランたん殺すなんて!」とキングスレイヤーに怒り狂っている自分に気づいてからは素直にブラン派の軍門に下りました。「最初にこんだけひどい目に逢っていれば今後は生き延びられそうだ」という予想だったのですが最近はもう不幸が一巡してまたブランたんに巡ってきそうなのでひやひやしています。早く最強の森の人になってくだちい。

2. 夜愁/サラ・ウォーターズ

夜愁 上 (1) (創元推理文庫 M ウ 14-4)夜愁 上 (1) (創元推理文庫 M ウ 14-4)
サラ・ウォーターズ 中村 有希

東京創元社 2007-05
売り上げランキング : 14584
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 色々な書評で書かれていますが、「半身」「荊の城」のミステリを求めている方は読まない方がいいです。つーか、創元から出ている事自体不思議なくらいだ。ミステリと思って読むな。ただ、感動したとだけ言っておきます。
 サラ・ウォーターズが好きな方というのはあの、近代イギリスの伝染病と暗くて湿気た空気、暗闇の中手を探りあうようなエロティシズムと聖性の混じり合う世界でのみ成立する心理劇にひかれていると思います。
 確かに、いくらノン気でもこれは引っかかるかもと思わせる巧みな心理術で標的の百合な感情を引き出して操る術は見事なのですが、本当に全然イチミリも百合の素養がない標的だったら? という前提に立ってみると(実際はそういう人をわざわざ探して狙ってるんだろうけど)ミステリとしては成立しない部分もあるわけです。降霊会とかが普通に信じられてた時代じゃないととかまあいろいろ他にもあるわけで。
 なので、この作品では思い切ってミステリの部分はバッサリと捨てました。
 筆者のこれまで見せてきた、湿った牢獄に差し込む目の眩む様な光や隣の部屋を静かに歩く少女の衣ずれの音、そっと重ねた手の体温、そういったものをありありと描き出す描写力が存分に堪能できる作品です。
 そして、前の二作でははじめから終りまで伝染病と厚い雲で覆われていた情景が、この作品では時折太陽のもとにさらされる。平日の昼のハイドパーク、緑の芝生の上でほおばるサンドイッチ、スカートの下に敷いたハンカチーフ。まるで、二十年経って思い出す、美しい部分だけが残った思い出のように鮮やかにその情景が立ち現れる様に鳥肌が立つ。

投稿者 psi : 09:03 PM | コメント (0) | トラックバック

July 28, 2007

もうあんたたち結婚したらいいと思う

最近、寺山修司の「思想への望郷」を読み返している。

思想への望郷―寺山修司対談選思想への望郷―寺山修司対談選
寺山 修司

講談社 2004-06
売り上げランキング : 199286
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

れっきとしたシティーガールのpsiには、寺山修司や三島由紀夫の主張する田舎への望郷と劣等感が入り混じったみょうちくりんなルサンチマンがまったく共感できず、最初この本を読んだときも面白くなくて飛ばし読みしたっきりだったのですが、再読してみると面白くて仕方ない。なんだ、こんな面白い本私はずっと本棚に放置していたのか。

本書は寺山修司が小説家とか思想家とかと対談したものを集めた対談集。
対談と言えば私は吉行淳之介がホストをする対談が大好きなのです。吉行淳之介って根本的に小説家というより編集者なので、対談するときは徹底的にホストに徹する。対談相手の何かを引き出せればそれでよし、と言う感じで、大変気持ちよく読める。で、かつ、読み終わると読む前よりもその対談相手のキャラクターが生き生きと魅力的に見えるという。
寺山修司はそこを抑制できない。というかする必要ないと思ってるんだろうな。
そんでついつい自分の主張ばっかりしたがったり、プロットにあわせた進行をしようとして、対談相手と平行線をたどることがしばしば。以前はそれが気持ち悪かったんだと思う。

でもね、これはそういうもんだと思って読むと結構愛せるぜ、寺山。(←苗字呼び捨て)

この本の中で特に面白いのは三島由紀夫との対談。
米光一成が付箋を使って本を読めというので、鶴見俊輔のとことかは面白いところやなるほどと思ったところに付箋貼りながら読んでたんだけど、三島由紀夫のは面白すぎていちいち付箋貼ってられん。

引用すると、

三島 (略)佐藤首相はぜんぜんエロティックでないよ
寺山 税務署もエロティックでない。(略)
三島 そう。官僚ってのがだいたいエロティックでないんだ(略)

超どうでもいいよ、そんなこと!!(大笑)
つーか、自慢げに「官僚ってのがだいたいエロティックでない」とかぶってんじゃねーよ、三島!
お前らは「消しゴムは攻めだよね」「蛇口は受けだよね」とかとか言ってる腐女子か!

寺山 ジュネに『パルコン』という芝居があります

ちょwwww 寺山JUNE読者wwwwwwww

その後、必然性の芸術・偶然性の芸術という話になる。
寺山は「ぼくは一夜の歓楽までもが必然性だと思ってしまうのはこわいです」という立場で、三島はあくまでボタンを押せば涙が出てきて、勃起しろと言われれば一瞬でできる役者を使わないと必然性の芝居はできない、と主張する。
で、三島お約束のボディビル話が始まります。

三島 ボディビルの原理って、そこにあるんだよ。からだのなかから不随意筋をなくそうというんだ。
寺山 つまり、肉体から偶然性を追放するんですか?
三島 そうなんだよ、たとえば、この胸見てごらん、音楽にあわせていくらでも動かせるんだよ。(胸の筋肉を動かして見せる) あなたの胸、動く?
寺山 ぼくは偶然的存在です……。(笑)

三島テラセクハラwwwwww
音楽にあわせてってwwwwww
対談中に何をしとるか。「あなたの胸、動く?」じゃねーよwwwwww
アホだ……こいつら真性アホだ……(愛)

そんで、寺山、ささやかな反抗。

寺山 三島さん。いつか胸をこうやって動かすんだよって胸張っても、自在筋の動かない日が、ある日突然やってくるわけですよ
三島 そういう日はこないよ。
寺山 いや、きます。そういうときにエロティシズムが横溢する。
三島 そういう日はこないよ、絶対に。

なにこの子どものケンカ(大爆笑)
三島必死すぎwwwww

他にも書ききれないけど寺山と三島の子どものケンカは他のテーマでも全部こんな調子だし、寺山はとにかく抵抗できればいいとか言っててお前は増井修編集長時代のRockin' onかって感じだし。

もうこいつら結婚したらいいと思うよ、あの世で。

投稿者 psi : 09:40 AM | コメント (3) | トラックバック

December 31, 2006

良いお年を -2006年BEST-

せっかくトイレを大掃除したので来年まで使うまいと思って我慢していたらお腹が痛くなりました。psiです。

毎年テンプレみたいでスミマセンが、今年もin/fluxを閲覧してくれた方、コメントしてくれた方、心の中でそっと応援してくれた方、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

さて、恒例の2006年BESTです。。。と思って去年のを見ようと思ったらなかった。来年書くとかいって結局書かずじまい。まったくもって恒例でもなんでもない。

続きを読む "良いお年を -2006年BEST-"

投稿者 psi : 05:47 PM | コメント (0) | トラックバック

September 20, 2006

郷愁のsoner

先日は厄日であった。
22:00から8:00の深夜作業@小山の後、会社で検証作業の予定があったのでフラフラになりながら会社に向かうと、……出たよ、東西線で西船橋に着くと同時に武蔵野線が出発するの罠。そして25分待ち。
ウチの大学を主席入学・飛び級で卒業した超天才を雇っておきながらこのダイヤの体たらくはなんだ、JR。奴にキオスクの売り子の研修などさせている場合じゃないぞ。さっさとダイヤを作らせろ。
普通に行けば30分で到着する行程を50分かける無駄さには毎回イライラさせられるのですが、今回は徹夜明けということもありなんとか袋の緒がぶっちーんと派手な音をたてて崩壊。
プラットフォームで三回ほど「…っざけんなよ!」と叫んだ後、エレベーターの壁を渾身の力で蹴り飛ばす。
安っぽい金属部分が予想以上に派手な音をたて、周囲のお母さんは子供に「見ちゃダメよ!」な空気。
こんな小さな悪事がたたったのか、20分後の電車に乗って南船橋の乗換えで階段を下りていくと最後の二段で靴が脱げ、コケる。そもそも武蔵野線に乗り損ねたのも靴が脱げそうで走れなかったのが原因なのでもうパンプスを脱いで誰かに投げつけたい衝動に駆られたが、それをすると会社に裸足で行かなくてはならないのでグッと我慢。オレ、頑張った。
で、ほうほうの体で会社にたどり着き、メールをチェックすると、「今日の検証作業は中止にさせてください」のメール。脱力。だったら代休とって家で寝てたつーの!
まあ、でも溜めてた仕事があったので取り掛かったんだけど、"debug crypto isakmp sa"というコマンドがあったという記憶があるのに、見つからず、だけど徹夜明けの頭ではそこから先に思考が進まない。ひたすら存在しないコマンドを探し続け、時間を浪費。ダメな一日、オレ、役立たず。

そんな役立たずのpsiがオススメするモノ。
foxit reader
仕事上、Ciscoのマニュアルを10くらい広げながら作業するんですが、これをAdobeのreaderなんかでやった日にはリソース食いすぎていくらマイX40が優秀といえど、仕事にならん(まあ、Lot○s No○esが重すぎって話ですが)。
そんなとき重宝していたのがFoxit Reader。軽快。
丁度2.0が出たようなので新しいのもDLしましたよ。

Continente Antico
オンライン小説サイト。
これまで音が鳴ったり挿絵がついてたりするオンライン小説は邪道と見下していたのですが、これはイヤな感じが全くしなかった。要はアレだ。文章が書けない奴に限って音楽とかつけたがるのでイヤだっただけで、文章がよければ、そして音楽が効果的に使われていれば万事OKというわけだ。
私はコントラコスモスから読み始めたけど、他のもハズレなし。
詩を書く人らしく、言葉を音として捉えている感じの文章は読んでいて気持ちがいい。
自己満ポエムのイタさも、装飾華美さも無縁。
でもって、戯曲を書く人らしい、構成の練られ方も満足。
まあ、商業小説ならこうはしないだろうな(編集にボツられるだろうな)、という部分もあるんだけど、それもテーマありきでいけば必然として存在する部分なので冗長な感じはしない。

でだ。
Soner Sound Tokyo
激しく郷愁を誘われます。現代アートぶりっ子だった大学生時代のヒーローが軒並み出演。
Ryo AraiにRei Harakami、岩井俊雄に竹村延一、And more...という感じ。
高校の同級生(顔は激カワイイが真面目優等生系)がMITメディアラボの研究員になったと聞いたときに頭をガンガン壁にぶつけたくなった当時の自分なら間違いなく出席ですが、現在ありとあらゆるオシャレなものに興味を失っているので行くかどうかは微妙。レイハラカミは聞きに行くかな......

投稿者 psi : 10:01 PM | コメント (0) | トラックバック

September 10, 2006

CHELSEA

デザイン変えた。
パクってますよ、もちろん。

黒背景ってどうも見難い気がして好きじゃなかったんですが、ついにin/flux史上初の黒背景なり。
イラレの使い方を色々忘れていて驚いた。花とかブレンド使えば楽チンだったんじゃ?


今日は仕事の電話に恐れおののきながら広尾の美容院へいったばい。
帰りに流水書房で本を購入。

白い果実白い果実
ジェフリー フォード Jeffrey Ford 山尾 悠子

国書刊行会 2004-08
売り上げランキング : 68663
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
アルケミストアルケミスト
パウロ コエーリョ Paulo Coelho 山川 紘矢

角川書店 2001-12
売り上げランキング : 68819
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

そしてまた萩尾望都の「モザイク・ラセン」(二冊目)を買う。
萩尾望都は一杯買いすぎて何を持っているのか分からないくせに見覚えのないタイトルを発見するとすかさず買っておこうとしてしまう。ダブりすぎ。

そのあと「船橋屋 こよみ」(f-koyomi.jpはなんでか知らんが表示されないのでカフェの運営元)でランチ。創業文化二年というので古い店構えを期待して行ったら案外ポダン(ポップでモダンの意)だった。まあ、いいけど。
土曜日だったので聖心女子の女の子でコミコミとかもなく。ギャルのなかに紛れてアワアワするのもちょっと楽しみだったのだけど。
みつ豆(あんみつよりみつ豆派)と白桃の寒天寄せを買って帰る。

広尾は自由が丘と空気が似ているので落ち着く。広尾の方が断然都会つーかガイジンが多くてスタイリッシュなのですが。自由が丘はもさい。だけど住んでる人ののんびり感つーかね。なつかしかったよ。

投稿者 psi : 12:54 AM | コメント (2) | トラックバック

June 18, 2006

肩胛骨は翼のなごり

肩胛骨は翼のなごり肩胛骨は翼のなごり
デイヴィッド アーモンド David Almond 山田 順子

東京創元社 2000-09
売り上げランキング : 78106
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

一昔前のヲタク女子中学生のロマンチシズムをパンパンに詰め込んだようなタイトルに惹かれて購入。
表紙の球体関節人形も目のデカさが不自然でキモくて良い。

話の筋は3行でかけてしまうような単純なもの。
主人公が引っ越し先の家の納屋の奥に今にも死にそうな子汚いオッサンを発見し、残り物などを与えて飼いならす。オッサンはボロボロの背広を着て、蝿の死骸と蜘蛛の巣まみれだが、背中には折りたたまれた翼が隠されている。主人公と徐々に打ち解けたオッサンは、病気で手術をすることになった主人公の妹の元に現れて妹の命を救う。
まあ、学校の友達との友情とか隣の家の女の子との秘密の共有とかこの手の話にお決まりの色々はありつつ、もう本当に王道なので筋とか書くことが無くて困る。

ストーリー自体は目新しくも無ければ起伏もあまりない単純なものだけれども、それぞれの場面が丁寧に書かれているので安っぽい感じはしない。翼を持った男が美形でもなんでもなくやっぱり最後までフクロウが運んできたネズミとか丸呑みしてる汚いオッサン(本当はオッサンではなくて若かったのだけれども)であるのもヲタク女子中学生の妄想を差し込ませる隙を与えない。言うなれば、児童文学にあるまじきリアルさ。
例えば、
母親が引越しと赤ん坊の病気とで心労のあまり主人公にヒステリーを起こした後、「何もかもがぐちゃぐちゃだから、気持ちまでぐちゃぐちゃになっちゃって‥‥ごめんね、でも、わかるでしょ?」と謝る。
環境の変化と妹の容態は静かに主人公を蝕むが、それを表に出す術を知らない。父親はそれを汲み取って学校を休ませる。
隣の家の娘のミナは生き物が生きるための力というものを理解し、ウィリアム・ブレイクの詩を引用する。学校教育が抑圧するものから逃れる術を知っている大人びた少女だが、一方で学校に通っているだけで馬鹿扱いする視野の狭さ、狭量さもあり、実年齢ゆえの限界も感じさせる。

全ての登場人物は良い子(人)過ぎないものの、大枠「良い人」であり、まあ、実際存在する人の大半はこの辺りの良い人さ加減をウロウロしているのだろう。そういう意味で、これはファンタジーとは呼べない。
翼を持つ男も、ミナと主人公の妄想や願望の産物もしくは生命力のメタファーと読むこともできるため、幻想文学という定義も必ずしも当てはまらない。

それでも、読後の印象は「遠い」。
この話は果てしなく遠い。

結局その命を救ったとする、赤ん坊に対する愛情だけではない。
両親の主人公に対する愛情、学校の友達やミナとの友情、ミナの母親、学校の先生の愛情、ミナの観察する生き物達に対する愛情、そしてもちろん男(スケルグ)に対する愛情。
ページの上は愛情に埋め尽くされている。

そのような愛情をひとつでも感じたことがある人にとってはまた違うのかもしれないが、私にとってはただひたすら遠い。こんな世界、ただひたすらにファンタジーだ。

投稿者 psi : 04:45 PM | コメント (3) | トラックバック

March 09, 2006

ぼくは26歳

同期のtkちゃん(♂)がいつも「早く今週おわんねーかな、毎日会社マジ行くのが苦痛なんですよ」というので「こうも毎日だとそれを何月病と呼べばいいのか悩むところだね」と一緒に悩んであげました。
さすがに、私はいつも「自分の人生早くおわんねーかな」と思っているとはいえませんでした。終われば万事解決なのになー。オレの人生のゴールはどこだ。気が遠くなる。

さて、そんなことを言っていると怒られそうですよ、っていうか私のこれからの半生を彼にあげたかったね。

少しは、恩返しができたかな少しは、恩返しができたかな
北原 美貴子

講談社 2005-01
売り上げランキング : 37,173
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

お気づきの方もいるかもしれませんが、この本は以前に触れた奴です。
名前とか以前は伏せてましたけど、今度ドラマ化されて放映されるので今更隠しても仕方ないです。
3/22 Wed. 21:00- TBS スペシャルドラマ『少しは、恩返しができたかな』 です。タイトルからして多分お涙頂戴過ぎて普通のテンションで見るとドン引きなので、素直な心で見てください。本のほうも増刷されたみたいですよ。(本の方はライターが書いたにも関わら‥‥ゴニョゴニョ‥‥ナニであるな、脚本家に期待であるな)
やっぱ未だに作為的に作られた感動の拡大再生産と消費の構図に乗るのは嫌なんだけど、嫌だと言っていること自体が別に親しかったわけでもないのに当事者ぶってるように思えてそれも嫌な自意識過剰なお年頃、っていうか26年間ずっとだ。


‥‥しかし二宮和也か。

投稿者 psi : 07:40 PM | コメント (0) | トラックバック

June 13, 2005

むむむ...

文句言った途端に死なれてしまった...なんか後味悪いッス...

倉橋由美子さんが死去 小説「パルタイ」など

投稿者 psi : 09:54 PM | コメント (4) | トラックバック

June 08, 2005

倉橋よ、驕るなかれ

久しぶりに読んでいて腹立ちのぼる秋の夕暮れな本だわー。

あたりまえのこと/倉橋由美子
あたりまえのこと/倉橋由美子


部分的に正しいこと言ってるとは思うんだけど、それをいちいち独善的に断定するのが腹が立つ。
全共闘時代に自己批判しすぎて頭おかしくなったんじゃないの?
たぶん時代の違いなんだろうと思うんですけど。

たとえば最近じゃ洋楽も邦楽も聴く人が大多数で普通なわけですよ。
そこへ持ってきて「作品の洋邦の枠にとらわれて音楽の本質の良さを判断しようとしない愚かさ」について説く人がいたら、それはもしかしたら20年前にはちょっとした提言として意味があったかもしれないけど、今言われたら「ハァ? オマエ俺らバカにしてんの?」ってことになるって話で。

腹立ちポイントが多すぎて今日は語りきれないので改めて語りたいと思います。
そう言っといて書かないことがほとんどなんですけど。
一晩寝たら怒りが冷めてしまう揮発性メモリなもので...
ふた昔前のHDがないコンピュータみたいですねw
覚えていたら書きます。

投稿者 psi : 08:37 PM | コメント (2) | トラックバック

May 16, 2005

ロカ

最近タバコと酒の量が増えています。
もともとタバコも酒もあんまりやらないので、増えたって言ったってたいしたことないんですが、ちょっとこのまま増えていくとどうかなと思い始めました。

タバコは一時止めてたんですが、タバコを止めたことで研究室生活に逃げ場がなくなり、鬱症状に陥って病院通いになった経験から、入社してからは飲み会などで「吸いたい!」と思ったときは我慢しないようにしてました。
お酒もこれまでは飲めば美味しいとは思うけど、わざわざ自分で飲みに行ったりはあんまりしなかったんですが、最近行きつけの店の店長(やや松本幸四郎似)と仲良くなってきたこともあり、ご飯ついでに飲むことが増えました。
酒の量が増えると自然、タバコも増え、飲むことがリラクゼーションと感じるようになってきたのは坂道を転がり落ちる前兆かなと。

今日も平日なのに家の近くの店でビール二杯飲みながら中島らもの「ロカ」を読んできました。やっぱり中島らもはすばらしいと思います。
ロカ
中三か高一の時に「アマニタ・パンセリナ」を読んで衝撃的な感動を受けたのですが、今でもらもの文章の行間から立ち昇る空気は異様に肌に合う気がします。
私はタバコと酒は微妙にフライングしましたが、そんなのは誰でもそうだろうし、そのほかの違法な薬物は一切手を出したことがありません。なのになんでこんなハッパと咳止めシロップまみれの文章に共感してしまうんでしょう?
謎です。
らもの舞台も観てみたかったのに、死んでしまってはどうしようもありません。
本当に惜しまれる人物です。
貴重な晩年にパクりやがって‥‥

すいません、ちょっと酔ってますかね?

投稿者 psi : 10:52 PM | コメント (2) | トラックバック

February 23, 2005

砂の上の植物群

吉行淳之介の有名作のタイトルでもあり、この作品の中でもたびたび触れられているクレーの作品タイトルでもある「砂の上の植物群」。

吉行淳之介の作品はそんなに読んでないのですが、これは好きです。
パッと見ただの不倫&ロリコンなんですけど、それ以前に行間に漂う湿った黴臭い匂いがなんとも秀逸。中学生当時はクレーを知らなかったのでこの本で初めてクレーに興味を持ち、あー、この人か!(絵本の挿絵とかに使われてる) と驚いたものです。ちなみに吉行和子は母校のOGだったりします。(関係ない)

で、KERA・MAPの今年の公演のタイトルも「砂の上の植物群」なわけですが、これはあんまりロリコンとか関係ないみたいです。「シリアス群像コメディ」とのことなので期待して申し込みました。
ケラのギャグは3,4作品みたらパターンが大体分かってしまって正直食傷気味なのですが、ギャグのドタバタ劇で駆け抜けたあとにシリアスな余韻が残る匙加減は好きです。去年引っ越したせいでナイロン100℃の先行予約葉書が届かなくなって、公演を逃し続けてきたのでチケット取れたらいいなぁ〜と思っております。

#とれました!しかもカナリいい席だ! しかし誰と行こう...

投稿者 psi : 06:42 PM | コメント (0) | トラックバック

January 25, 2005

マクロスコープ/ミクロスコープ

確か2年以上前の話になるが、長い間ガンを患っていた、弟の友達(以下K君)が亡くなった。

で、3日ほど前、K君の人生について書かれた彼の母上の本(実際にはライターの人が書いたのだが)が発売されたのだが、弟のことにも触れられているというので本屋に探しに行った。が、見つからないのでネットで検索したところどうもドラマ化もされるらしい。

どうもなんだか奇妙な気分になる。

続きを読む "マクロスコープ/ミクロスコープ"

投稿者 psi : 03:59 PM | コメント (0) | トラックバック

September 07, 2004

ネットワーク社会だね

以前にも「戦闘妖精雪風」にハマってるって書いたと思うんですが、週末ついに「戦闘妖精・雪風解析マニュアル」を買ってしまいました。

戦闘妖精・雪風解析マニュアル戦闘妖精・雪風解析マニュアル
早川書房編集部

早川書房 2002-07
売り上げランキング : 2,414
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

アニメスタッフのインタビューとかはわりとどうでもいいんですが、書き下ろしの短編が載っていてこれがすごい!
話としては、零がカウンセリングで自分の幼少時について語るという構成なんですが、原作でもアニメでも(漫画ではそれっぽい記述がありますが)あまり記述のなかった、零がフェアリーに送られた原因に関係ありそうな話が載っています。(註:フェアリーは犯罪を犯した人間がやって来る設定だが、零が具体的にどういう犯罪を犯したかは書かれていない。漫画版では強盗グループにドライバーとして参加していた様子が描かれている)
自分以外のものに、いや、自分そのものにすら興味のなさそうな零が一体どんな犯罪を犯すのか。
結構想像しにくい部分だったんですが、この短編はとてもしっくりする形の犯罪が定義されています。
それは、「パーソナル・コンピュータの所有」です。

舞台となっている世界では、全てのコンピュータはネットワークに接続された形でしか存在してはならず、この端末を通じて情報を受信することは義務であり、端末を持たないことは犯罪であり、しかしネットブートする所定のOSしか使用できず、記憶装置はおろか、CPUリソースさえも共有しなければ犯罪、という社会へと移り変わろうとしていました。
零はごく小さい頃の記憶にある「パーソナルなコンピュータ」が忘れられず、端末を自分のものにしておきたいと強く願います。自分のプロセスを処理しているときはネットワーク経由での割り込みを許可せず、自作したOSで立ち上がるような、そんな計算機を目指してハードウェアレベルからの改造を行いますが、それが当局の知るところとなり、小さな零は逮捕されてしまいます。

これがFAFに来た直接の理由かどうかは分かりませんが、この短編では零が「パーソナルなコンピュータ」がほしいと思った経緯がとてもリアルに描かれていて、深く共感させられました。
現在インフラ面でもソフト面でも(グリッドとか)どんどん零のいる世界に近づいていってると思うのですが、いつかはこのように「パソコン」を渇望する時が来るのでしょうか?

コンピュータにアレルギーある方は読まないほうがいいと思いますが、基本的な知識のある人は読んでみると非常に興味深いと思います。

現在私のPCはネットワークに接続「できない」状況で、パーソナル過ぎて困っているわけですが、インターネットなんて言葉すら知らなかった時代は、ゲームとお絵かきとワープロで小説を書くくらいしか楽しみ方がなかったにもかかわらず、「自分のPCが欲しい」と強く感じていました。基本的に父親のPC だったので勝手にソフトをインストールすることも出来ず、というか経済力的にソフトを買うことも出来ず、インターネットがないということは楽しいソフトがその辺にタダで転がってるということもなく、エラーがでてもなぜエラーなのか(当時メッセージは英語が普通だったこともあり)全く分からず対処できないのが不満で仕方ありませんでした。
それが今ではインターネットにさえ接続すれば、遊ぶ方法も、エラーの対処の仕方もなんでも自分で調べることができる。ブロードバンドが普通になった今ではその課金すら気にする必要がなくなっています。すばらしいことです。
でも、それが普通の状態から入った今の子供たちはもうコンピュータと言うものに対する認識自体が全然異なっているのだろうなと思います。現在はネットワークに接続することが「義務」とまではなっていませんが、そうなってもほとんど違和感を抱かないと思います。

この短編ではカウンセリングを行っている若い女性カウンセラーエディスはコンピューターが「パーソナル」だった時代を知らない世代として零と相対化して描かれています。あ、零がジジイってことじゃないですよ。「そんなに年はかわらないじゃない」と書いてありましたから。でも、コンピュータの進歩ってものすごく早くて、おばあちゃんとかが「昔はテレビなんてなくてね‥‥」というのと同様に、ほんの2、3年しか違わない人の間でも大きなバックグラウンドの違いが生じうる。それってどうなんだろう。人間てそういうのに対応できるように出来てるのかなぁとちょっと不思議に思ったりするわけです。

投稿者 psi : 10:05 AM | コメント (0) | トラックバック

June 04, 2004

行き帰りの電車で1.5冊読めます

ブラフマンの埋葬ブラフマンの埋葬
小川 洋子

講談社 2004-04-13
売り上げランキング : 93,828
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
妊娠カレンダー妊娠カレンダー
小川 洋子

文藝春秋 1994-02
売り上げランキング : 34,017
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


小川洋子の本は言葉が平易なのでじっくり読んでも2冊いけるかもしれない。電車が空いてれば。
そんなわけで「博士」の翌々日にはこの2冊とも読み終わってたんですが、続けて同じ作家ばかり読んでる気恥ずかしさとAmazonのリンク張るのが面倒くさくて今日まで放置してました。
感想ももう書くの面倒だな~
結局、やっぱり小川洋子は「変容」「変質」に対する違和感を抱き続けてるってことですね。
「妊娠カレンダー」は変質していく姉を見つめる妹の話です。ゆっくりと何かが腐り落ちていくような感覚はむしろ川上弘美に近くて、途中で誰の本を読んでるのか分からなくなったのですが、読み終わってみるとやっぱり彼女とは立場が逆だということに気づきます。
多分、立ってる場所は一緒なんだけど、向いてる方向は逆というか。

しかし上手いな~この作家。川上弘美は表現が独特過ぎてついていけないときがあるんだけど、この人はそういうことはまずないですね。奇抜な表現とかでなくて、どこにでもある言葉を使ってるんだけど、表現としては決して凡庸じゃないんだよね。どうしたらこんな風に書けるんでしょう?

投稿者 psi : 11:41 PM | コメント (0) | トラックバック

May 28, 2004

博士の愛した数式 / 小川洋子

博士の愛した数式博士の愛した数式
小川 洋子

新潮社 2003-08-28
売り上げランキング : 206
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

昨日の「いとしい」がものごとが永遠に、普遍的に、厳然としてそのものであることへの畏れについて書かれているとするならば、こちらは我々の意図などお構いなしに、深いところに凛と存在するものごと‥‥ありていに言うなら「完全性」と「真実」の姿の美しさを全編にちりばめた話と言える。

博士と兄と未亡人のあいだに三角関係があったのかとか博士の死因は結局なんなのかとかそもそも博士は死んだのかとかそういうことは何も書いていない。
博士が死んだのだとしたらそれは全き数「0」になったのだから美しいことだけれどもそのほかの事は自然の調和や神秘の生み出す完全性の前では取るに足らないことだからだ。

この本は博士(と登場人物たち)の個性的な人格の描写が評価されているけれども、博士が80分しか記憶を保持できないとか数学の博士(というより数学バカ)であるとか、そういった設定は二次的な意味しか持たない。これは博士が惜しみなく与え、ルートが際限なく受け取る愛の物語だから。
博士の専攻は数学でなくて物理学でも哲学でも良かった。記憶は、博士の完全性(≈不変性)を演出するための小道具に過ぎない。

一般的に博士しかも数学の、などというと気難しくてコミュニケーションの下手な偏屈というイメージがあるのではないかと思うが(実際博士も「私」に対してはそのイメージを大きくは裏切らない態度をとる)、ことルートに対しては親である「私」すらも及ばない類まれなる愛情表現の才を見せる。
それはなぜなのか。
それは博士が数学者だからである。

博士は数字の体現する世界の秩序を愛する。それはすなわち世界の成り立ちを愛するということであり、ひいてはその秩序の生み出す存在そのものも愛することが出来る。
どんなに懸賞問題で一等をとろうと、「神様の手帳を盗み見て写し取っただけ」であるから自分の功績ではまったくないと考える。既に答えが用意されているというのもあまり気に食わない。そして一度答えに到達してしまったら、もうそこに興味はない。
研究生活で自分の成し遂げたことを振り返って、一度でもそれを自分ひとりの功績であって、自然の摂理に対して何がしかの支配権を得たような錯覚に陥ってしまった人は博士のように人を愛せない。
世界が抱える真実が実に広大で偉大であることを十分に理解してその前で跪くものだけが、自然という真実が生み出すものの尊さを知る。
博士にとってルートは真実が生み出した存在であると同時に、人の手の決して届かない、フェルマーの最終定理よりもはるかに難解な、永遠に解かれることのない問題なのである。
そしてそのことを正確に自覚して、博士の愛情をその平らな頭に無限に受け入れるルートという子どもが最も感動的だ。

さて、以下私事。
この話の中で重要なカギを握るオイラーの公式だが、大学の教養数学や物理化学で頻繁に用いられるオイラーの公式は三角関数を使った形で表されている。なので最初フェルマーの最終定理の証明の途中で用いられるというeπi+1=0という数式を見てもオイラーの公式であるという確信が持てなかった。
理系でしかも大学院を出たなどというと数学がメチャメチャできると思われがちなのだが、大きな間違いである。高校までは、女子高だったこともあり全体的にみんな数学が苦手だったので私はむしろ相対的には得意な方に分類されていたのだが、大学に入った途端ピクリとも歯が立たなくなった。
それもまあ一年生の間だけ、しかも後期はあきらめて申告すらしなかったので、数学の勉強はそれっきりである。それでよくもまあ物理化学だの量子化学だのやらせるものだ、という感じで実際問題量子や物理化学をやるとき、多くの数式に悩まされた。特にオイラーの公式はしばしばここぞというときに必ず出てきて式変形を大きく前進させる超重要な公式で、これを覚えていないと話にならない。
にも関わらず、そういった公式の導出手順からすべて勉強している余裕はすでにそのとき残されておらず、というか勉強してもおそらく理解できず、なぜそうなるのか一ミリも分からぬまま公式を天下り的に受け入れて利用するしかなかった。
それは、曲がりなりにも理系として生きてきた人間にとってとても苦痛だった。高校生のときならば絶対に受け入れなかったであろうと思う。なのでオイラーの公式を見るたびに私は自分の子ども時代が終わったのを感じる。

投稿者 psi : 10:28 AM | コメント (0) | トラックバック

May 24, 2004

いとしい / 川上弘美

いとしいいとしい
川上 弘美

幻冬舎 2000-08
売り上げランキング : 22,440
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

川上弘美作品を全て読んだ訳じゃないけど、彼女の中でもっともふつうの小説ではないか。出来が凡庸というのではなくて、あるようなないような、ありそうでなさそうな、そのあたりの感覚が最もリアリティを伴うバランスに保たれている。そんな気がする。
長編小説だからというのもあるのだろうけど、それは多分、登場人物がふつうにひとをすきでいるから、だからあんしんするのではないかとおもう。
もちろん、沼にはまったり膜に包まれたり耳がねじれたり、そういうのがふつうと言いたいのではないよ。

冒頭で、姉はサルのタマが死んだときに「死ぬというのはもう生きていないということだと分かったから絶望の淵が怖くなった」と発言している。
生きていないというのはもう一生(というのはおかしいが)変化しないということだ。
それがひどく姉にはおそろしい。
すずもとの「えんりょのない」、ものが厳然としてそのものである冷たさのためにミドリ子は口が利けなくなる。引越しを繰り返し固定されることを厭う紅郎は女性的に映る。そのためにミドリ子と「私」は紅郎に惹かれる。オトヒコさんはうそばなしによってたゆたいながらもその頑固さによって出芽する羽目になる。チダさんは狂言回しとして、よどみかける流れをかき回す。ものごとが死んでしまわないように。

「誰かを好きになるということは誰かを好きになると決めるだけのことなのかもしれない」

誰かを好きになると決めるために、人は理由を探す。
顔がいいとか優しいとかなんとかかんとか。
でもそうやって明確な理由で固定されてしまった感情は果たして「好き」であり続けるのだろうか。
「好きなのかもしれない」というオトヒコさんの夢の中の出来事のようなあいまいなものが「好き」であるならば、その不確かさをつぶさないように手のひらで受け止めてうつらうつらと抱えるのがいい。

投稿者 psi : 11:47 PM | コメント (0) | トラックバック

April 27, 2004

あやめ 鰈 ひかがみ/松浦寿輝

いやー、京葉線のひ弱なこと。
ってか、幕張新都心(あえて)風強すぎ。海風・陸風・凪。という感じ。

あやめ 鰈 ひかがみあやめ 鰈 ひかがみ
松浦 寿輝

講談社 2004-03
売り上げランキング : 117,733
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


さて、恥ずかしながら「ひかがみ」って体のどこをさすのかこれまで知りませんでした。
調べたら、膝の裏っ側だそう。
「仮想の妹のひかがみ萌え」なお兄ちゃんなのですが、単にこの人が変態なのでしょうか。
ひかがみのくぼみに手を入れたいとかって。
それともそういうものですか?
たしかに、~の裏、とか折れ曲がる部分の内側とかは性感帯だって言いますけど、膝の裏?
私、人様のうなじとかは見たらドキドキしますけど、膝の裏みていちいちドキドキしてたら大変な騒ぎですよ。

もっと重大な問題があるんですが。
ひかがみがくぼんでない場合どうしたらいいですか?
膝の関節が太いと、まっすぐ立ってる状態では膝の裏が窪まない人種がいますが、わたくしまさにそれで、幼少の頃は太ってるせいだとか思って結構気にしましたが、もうこれは骨のつくりの問題でどうしようもないと気づいてからは結構開き直ってるのです。
でもこのくぼみが殿方へのアピールポイントだとすると、私はまた一つ女の武器を失っているわけですね。
化粧もしない、胸はない、ケツはでかいが括れがないのでどこがケツかわからない、おまけにひかがみも窪んでないと。だめだこりゃ。

真面目に感想。
正直落ちぶれすぎなオッサンばかり出てきてヘコみます。
ただ、彼らの生きる現実と象徴と想像は死と生があいまいに溶け合ってなんとも艶めかしい。
その行き着く先が「幸福」であることに、読む側もなんどなく嬉しくなる3部作。

投稿者 psi : 11:18 PM | コメント (0) | トラックバック