July 13, 2003

2. レズビアン・ブルース

駐車場の横に細くのびる一本道の片側には、まばらに街灯が立って、やる気なく光を発している。
その奥にはチープなネオンサインが見え隠れし、道の両側に立ち並ぶ背の低い建物を光の霧の中にぼんやりと浮かび上がらせていた。
「…ホテル街、ってやつですか」
牽制するように、私はつぶやいた。
「でも、住所は近いよ、ホラ」
アヤさんはそういって電柱に貼られた緑の金属板を指差す。そこには確かに道玄坂1-16と書かれていた。
「じゃあいってみますか、とりあえず」
「ですな」
私たちはその小道に踏み込んだ。しかし行けども行けども目的の場所は見つからない。
「こんなきょろきょろしてたら、その筋の人に目つけられてバラされてコンクリート詰めにされて東京湾に捨てられちゃうよ」
私は努めてここに慣れている風を装っていたが、おそらくそうは見られないだろうことを知っていた。
「そうか売り飛ばされちゃうかもね」
アヤさんも不自然なくらい普段どおりの声で言った。
「そうなったら親にしかられるだろうなー」
「殺されたら叱られるもなにもないじゃん」
「そうだけどさ」
「しかも死んだ我が子を叱る親なんて聞いたことないよ」
ウソ寒い調子でアヤさんが言う。アヤさんは親の愛情なんてものの存在を信じてない。
「だって今日はアヤさんの家に泊まるって言ってきたんだもん」
「あー、なるほどね」
アヤさんはセーラムを取り出して火をつけると、盛大に煙を吐き出した。
「『子供が無免の人の車に乗って事故って死んでもその死を悲しむ前に無免の人の車に乗る見識を嘆くだろう親』だっけ?」
「そう。だから、ここで死ぬのは避けなきゃね。何言われるもんだかわかりゃしない」
五十メートルほど先に、二人の人影が見えた。私たちがそっちの方に歩いて行くと、二人は逃げるように建物の中へ入って行った。
私とアヤさんは追い越しざまその様子を無言で観察した。
しばらくアヤさんのサンダルがアスファルトを打つ音だけが続いた。近くを通っていたはずの国道の騒音はなぜかもうほとんど聞こえない。
曇った夜空は渋谷の街の光を反射して、電源の落ちきらないテレビのブラウン管のような掠れた色をして、けだるく頭上に溜まっていた。
「手、でもつないでみますか」
アヤさんが唐突に口を開いた。
「手、ですか…」
私はいいながら、アヤさんの手をとってみた。
「こんな感じでよろしいでしょうか」
「いいんじゃないでしょうか」
私とアヤさんはしばらく真面目な顔をで手を取り合いながら進んだ。時折、アヤさんがプハーと煙を吐き出す。
どうせ握るなら女の子の手の方が柔らかくてすべすべしているからいいなと思った。
向かいから人が(やはり二人)歩いてきて、お互いそ知らぬ顔ですれ違った。しかしすれ違う瞬間、相手が二人ともちらりとこちらに視線をやったのが分かった。私とアヤさんはそのまま十歩ほどまっすぐ歩いて、その後全く同時に堪えきれなくなって吹き出した。
「見てたね、今の人」
「うん、見てた」
しばらく私たちは身をよじるようにして、忍び笑いを漏らし続けていた。ふと、体を折るようにして腹を押さえていた私の目に、再び電柱の看板が目に入った。
「あれ、アヤさん」
思わす私は声をあげた。ん?とアヤさんも私の視線の先を見る。
「行き過ぎみたいです。円山町だって」
「ほんとだ。じゃあ道玄坂1-18ってどこよ?」
元来た道を少し戻り、途中脇道に入ってみる。そこもやはり怪しげな道だった。
「なさそうだね」
「うん、ないね」
いいながらも、その道に入ってゆく。
「このまま見つからなかったら、どうする?」
「どうしようか」
「この中のどれかに入ってみるとか」
「私はかまわないよ。お金もってるかは微妙だけど」
そう答えた私に、アヤさんは無言だった。表情はいささかの変化も見せなかった。
その道は行き止まりだった。私たちはまた引き返し、別の脇道へと入る。
「もはや渋谷駅がどっち方向だったかも分からなくなってきたな」
「帰れんのかな」
「不安?」
「いや。…正直よく分からない」
「まあ、いざとなったらそれこそ泊まるところはいっぱいあるし」
「うん」
大きな通りへ出た。それは駅から伸びる通りで、そこから私たちは来たのだった。つまり、先ほど入って行った通りの2本隣の道から出てきただけの話だった。
「戻ってきちゃったね」
私はいささかがっかりして、その場に不良座りをした。
アヤさんは短くなってきた三本目のセーラムをピッと弾くとアスファルトに押し付けて踏みにじった。
「あーあー、そこのコンビニに吸い殻入れあるよ」
「あそっか。コンビニで地図見ればよくない?」
「それはなんか負けた気がするな…」
いいながらも私は立ち上がり、パンツについたしわを伸ばす。
コンビニに向かって歩きながら、アヤさんは挑戦的に振り返った。
「もしさっき私が『ここに入ってしたい』っていったら、した?」
私はその問いに対して、既に答えを用意していた。
「したんじゃないかな…」
「なんで?」
「よく分からないから」
アヤさんはかすかに苦笑いすると、セーラムのフタをあけて私に差し出した。私が一本とってくわえると、アヤさんの細い指がライターの火を差し出した。
「私でも多分そう答えるだろうな」
アヤさんはライターをウォレットにしまいながら独り言のようにつぶやいた。
踵を返してすたすたと歩き出したアヤさんは、もう振り返らなかった。

Posted by 篠原 彩 at July 13, 2003 03:33 PM
コメント

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